赤ちゃんの名前を考えていると、
「この響き、かわいいな」
「この漢字、この子に似合いそう」
そんなふうに感じることがあります。
目の前にいるのは、小さな赤ちゃん。
だから、赤ちゃんの姿を思い浮かべながら名前を考えるのは、とても自然なことだと思います。
でも、ふとこんなことが気になることはないでしょうか。
「この名前、大人になったときはどうなんだろう?」
赤ちゃんだったこの子も、いつか小学生になり、大人になり、さらに年齢を重ねていきます。
名前を考えるとき、そこまで先のことも考えた方がいいのでしょうか。
この子は、ずっと赤ちゃんではない
名前を考えている今は、どうしても「赤ちゃんの名前」として見てしまいます。
でも、その名前を使う時間のほとんどは、赤ちゃんではなくなってからです。
学校で先生や友達から名前を呼ばれる。
初めて会った人に自己紹介をする。
自分の名前を書類に書く。
大人になって仕事をする。
病院や役所などで名前を呼ばれる。
そして、さらに年齢を重ねていく。
一つの名前が、いろいろな場面で使われていきます。
そう考えると、
「赤ちゃんに似合うかな?」
だけではなく、
「この子が大きくなって、この名前を使っている姿はどんな感じだろう?」
と、一度想像してみたくなるかもしれません。
何十年先まで考えなければいけない?
とはいえ、
「学校でも違和感がないか」
「仕事でも大丈夫か」
「50歳になったときは?」
「おじいちゃん、おばあちゃんになったら?」
そんなことまで全部考え始めると、今度は名前を決めるのが怖くなってしまいそうです。
未来のことは分かりません。
どんな仕事をするのかも分からない。
どんな人たちと出会うのかも分からない。
本人が自分の名前をどう感じるようになるのかも、今は分かりません。
だから、何十年先まで問題のない名前を選ぼうとする必要はないと思います。
未来を当てるためではなく、
少しだけ視野を広げるために想像してみる。
そのくらいでいいのかもしれません。
いくつかの場面を想像してみる
たとえば、気になっている名前があったら、その名前と一緒に成長していく姿を少しだけ想像してみます。
小学校で名前を呼ばれている姿。
初めて会った人に、
「○○です」
と自分から名乗る姿。
電話で自分の名前を伝えている姿。
書類に自分で名前を書いている姿。
大人になって仕事をしている姿。
どれが正しいというわけではありません。
全部を確認する必要もありません。
ただ、
「この名前を付ける」
だけではなく、
「この名前を、この子が使っていく」
と考えてみる。
すると、今までとは少し違うところが気になることもあるでしょう。
反対に、
「大人になった姿を想像してみても、やっぱりこの名前が好きだな」
と思うこともあるかもしれません。
それも、大切な気づきだと思います。
「大人っぽい名前」を選ぶという話ではない
ここで気をつけたいのは、
大人になっても違和感のない名前を探せば正解
という話ではないことです。
「大人に似合う名前」という基準そのものが、人によって違います。
時代によって名前の印象も変わっていくでしょう。
今の自分が、
「この名前なら50歳でも大丈夫」
と考えたからといって、未来の本人も同じように感じるとは限りません。
だから、
「将来こうなるから、この名前はやめよう」
と未来を決めつけるのではなく、
「こんな場面もあるかもしれないな」
くらいに眺めてみる。
名前を判定するためではなく、考える角度を一つ増やすための想像です。
未来を考えると、新しい条件が増えてしまうこともある
ただし、ここには一つ気をつけたいことがあります。
学校でも大丈夫。
仕事でも大丈夫。
読みやすい。
書きやすい。
説明しやすい。
響きもいい。
漢字も好き。
意味もいい。
画数もいい。
……と、すべてを満たそうとすると、今度は条件がどんどん増えてしまいます。
未来を想像することは、新しい条件をたくさん追加することではありません。
もし考えることが増えすぎて苦しくなってきたら、
「自分たちは、何をそんなに大切にしたかったんだろう?」
と、一度戻ってみてもいいと思います。
名前を考える条件が増えすぎてしまったときは、
**「名前を考える条件、多すぎると決められなくなる?」**でも一緒に考えています。
名前を使う本人の席から、少しだけ眺めてみる
名前を付けるのは親です。
そこには、
「こんな名前を贈りたい」
という親の想いがあります。
その想いは、とても大切なものだと思います。
でも、その名前を受け取ったあと、長く使っていくのは本人です。
だから名前を考えている途中で一度だけ、
「この子が、この名前と一緒に大きくなっていくとしたら?」
と考えてみる。
未来の本人の気持ちを予測するためではありません。
将来困らない名前を探すためでもありません。
ただ、今とは違う席から候補を眺めてみるためです。
以前の記事、
**「名前を付けるのは親。でも、その名前を使っていくのは誰?」**でも、この「本人の席から考えてみる」という視点について考えました。
そして、今の候補をもう一度見てみる
少しだけ未来を想像したら、最後は今へ戻ってきます。
学校で呼ばれる姿。
自分で名前を名乗る姿。
大人になった姿。
そんな場面を想像したあとで、もう一度、今ある候補を眺めてみる。
そこで、
「やっぱり、この名前を贈りたい」
と思うかもしれません。
あるいは、
「自分が気にしていたのは、ここだったのか」
と初めて気づくかもしれません。
どちらでもいいのだと思います。
大切なのは、未来の正解を当てることではなく、
赤ちゃんの今だけではなく、その名前と一緒に生きていく姿を一度だけ想像してみること。
そして、もう一度、
「名前を通して、この子に何を贈りたいんだろう?」
と自分たちに問いかけてみる。
大人になったときまで考えるというのは、何十年先まで心配することではなく、そんなふうに少しだけ遠くから名前を眺めてみることなのかもしれません。


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