最後の2つで迷ったら、「使う本人」から考えてみる?

名付けの「?」

名前の候補を考えて、考えて。

ようやく二つまで絞った。

まだ候補がたくさん残っていて整理できない場合は、**「名前の候補が多すぎると、かえって決められなくなる?」**でも、候補を増やす前の整理について考えています。

どちらも気に入っている。

どちらにも良いところがある。

それなのに――

最後の一つが決められない。

そんなこともあると思います。

「こっちは響きが好き」

「こっちは漢字が好き」

「こっちの方が読みやすそう」

「でも、もう一つにも捨てがたいところがある」

比べれば比べるほど、それぞれの良さが見えてきて、かえって決められなくなることもあります。

そんなとき、条件をもう一つ増やすのではなく、

一度だけ、見る場所を変えてみる。

という方法もあるのかもしれません。

「どちらが良い?」だけで比べ続けない

二つの名前で迷っていると、

響き。

漢字。

意味。

画数。

読みやすさ。

書きやすさ。

いろいろな条件を並べて比較したくなります。

もちろん、それで決められるなら問題ありません。

でも、どちらにも良いところがあって決められないときは、条件を増やしても答えが出ないことがあります。

むしろ、

「こっちはここがいい。でも、あっちはここがいい」

が増えてしまう。

そんなときは、いったん「どちらの条件が優れているか」から離れてみてもいいのかもしれません。

一度、「使う本人」の席へ移ってみる

名前を決めるのは親です。

でも、その名前を受け取って長く使っていくのは本人です。

そこで二つの候補を、

「自分たちがどちらを付けたいか」

だけではなく、

「この子が、この名前を使っていくとしたら?」

という側からも一度眺めてみます。

たとえば、

学校で名前を呼ばれている姿。

初めて会った人に自分の名前を伝える姿。

自分で名前を書く姿。

大人になって、その名前で生活している姿。

二つの候補をそれぞれ当てはめてみる。

すると、

今まで気づかなかった違いが見えることもあるかもしれません。

でも、「使いやすい方を選ぶ」という話ではない

ここは、とても大切なところです。

本人の側から考えるというのは、

読みやすい方を選ぶ。

書きやすい方を選ぶ。

珍しくない方を選ぶ。

ということではありません。

そうしたものも、考える材料の一つではあります。

でも、それだけで名前を決めるなら、親がその名前に感じている想いや魅力が置き去りになってしまうかもしれません。

だから、

「本人側から見たら、どちらが正解?」

を探すのではなく、

「本人側から見ると、それぞれどんなものが見える?」

くらいでいいのだと思います。

見えてきたものを、もう一度親の席へ持ち帰る

本人の席から二つの候補を眺めたら、そこで決める必要はありません。

もう一度、親の席へ戻ります。

そして、

「自分たちは、どうしてこの二つを最後まで残したんだろう?」

と考えてみます。

響きが好きだった。

込めたい願いがあった。

どうしても使いたい漢字だった。

呼んだときの感じが好きだった。

この子に贈りたいと思った。

そこへ、さきほど本人の側から見えてきたものも加えてみる。

親として贈りたいもの。

そして、

その名前を受け取って使っていく、この子の姿。

両方を眺めてから、もう一度二つの候補を見てみます。

それでも決められなくてもいい

ここまで考えたからといって、

必ず一つに決まるとは限りません。

むしろ、

「やっぱり両方好きだな」

となることもあるでしょう。

それでも、この考え方が無駄だったとは限りません。

たとえば、

「自分は読みやすさが気になっていたんだ」

「私は、この漢字に込めた想いを手放したくなかったんだ」

「二人が大切にしていたものが違ったんだ」

と、何に迷っているのかが少し見えてくることがあります。

名前が決まらなくても、

迷いの正体が分かる。

それだけでも、次に考えることは少し変わるかもしれません。

「本人ならどっちを選ぶ?」とは考えない

もう一つ、気をつけたいことがあります。

まだ本人に、

「どちらの名前がいい?」

と聞くことはできません。

未来の本人がどちらを好きになるのかも分かりません。

だから、

「本人だったら、きっとこちらを選ぶ」

と代わりに答えを出す必要はありません。

本人の気持ちを予測するためではなく、

親とは違う席から、一度候補を眺めてみる。

それが今回の考え方です。

最後は、もう一度ここへ戻ってくる

二つの候補を、

親の席から見た。

本人の席からも見てみた。

そして、もう一度親の席へ戻ってきた。

そこで最後に考えてみます。

「名前を通して、この子に何を贈りたいんだろう?」

その答えと、今残っている二つの候補をもう一度並べてみる。

もしかすると、

「やっぱりこちらを贈りたい」

と思えるかもしれません。

まだ決められないかもしれません。

どちらでもいいのだと思います。

「使う本人から考えれば、名前が決まる」わけではありません。

ただ、同じ場所で二つの名前を比べ続けて動けなくなったとき、

一度だけ別の席へ移ってみる。

それによって、今まで見えなかった「自分たちが本当に迷っているもの」が見えてくることはあるかもしれません。

最後の二つで迷ったとき。

そんな考え方も、一つの道としてあっていいのではないでしょうか。

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