名前の候補を考えていて、
「これ、いい名前だな」
と思うことがあります。
響きも好き。
漢字も気に入っている。
読みやすさも問題なさそう。
自分たちが考えていた条件にも合っている。
それなのに、何度か名前を見たり、声に出して呼んだりしていると、
「なんとなく違う気がする」
そんな感覚が出てくることもあるのではないでしょうか。
どこが嫌なのかと聞かれても、うまく説明できない。
だからこそ、
「こんな曖昧な理由で気にしていいのかな?」
と迷ってしまうこともありそうです。
「なんとなく」だから、無視していい?
理由を説明できないと、
「気のせいかな」
「考えすぎかな」
と思うことがあります。
もちろん、少し時間が経てば気にならなくなることもあるでしょう。
でも、名前はこれから何度も呼び、書き、目にするものです。
だから、何かが引っかかっているのなら、すぐに打ち消してしまわなくてもいいのかもしれません。
ただし、
「違和感があるから、この名前はやめよう」
と、すぐに結論を出す必要もないと思います。
まずは、
「自分は、何に引っかかっているんだろう?」
と考えてみる。
「なんとなく」を、もう少しだけ眺めてみるところから始めてもよさそうです。
声に出したときに気になる?
違和感の正体を考えてみると、少しずつ具体的になることがあります。
たとえば、
書いてある名前を見ると好きなのに、声に出すと少し呼びにくい。
漢字は好きだけれど、初めて見た人に読んでもらえるか気になる。
意味は好きなのに、自分たちが思い描いていた雰囲気とは少し違う。
一つ一つは小さなことでも、それが「なんとなく違う」という感覚になっていることもあるかもしれません。
反対に、いろいろ考えてみても、
「やっぱり、どこが嫌なのか分からない」
ということもあるでしょう。
それでも構わないと思います。
すぐに答えを出すためではなく、自分の気持ちを整理するために考えてみることにも意味はありそうです。
条件に合っていることと、納得できることは同じ?
名前を考えていると、
読みやすい。
画数も気にならない。
意味もいい。
響きも好き。
そんなふうに、一つずつ条件を確認することがあります。
条件を満たしていれば、
「これなら決められるはず」
と思うかもしれません。
でも、
条件に合っていることと、自分たちが納得できることは、必ずしも同じではないのかもしれません。
名前は、条件だけを満たせば完成するものでもなさそうです。
だからこそ、条件では説明できない小さな引っかかりが残ることもあるのでしょう。
条件を増やしすぎて、分からなくなっていることもある
一方で、
「なんとなく違う」
と思うたびに、新しい条件を増やしていくと、ますます決めにくくなることもあります。
読みやすくて。
響きもよくて。
意味もあって。
画数もよくて。
人とかぶりすぎなくて……。
そうして条件が増えているなら、**「名前を考える条件、多すぎると決められなくなる?」**でも一度整理してみてもよさそうです。
違和感の原因を探しているつもりが、いつの間にか「完璧な名前」を探していた。
そんなこともあるかもしれません。
何を大切にしたかったのかに戻ってみる
いろいろ考えても、まだ引っかかる。
そんなときには、
「そもそも、自分たちは名前を考えるとき、何を大切にしたかったんだろう?」
と戻ってみるのも一つの方法です。
響きだったのか。
願いだったのか。
呼びやすさだったのか。
本人がこれから長く使うことだったのか。
最初のところから整理してみたいときは、**「赤ちゃんの名前、何から考え始めればいい?」**でも一緒に考えています。
前に戻って考えることで、
「そうか。自分はここが気になっていたんだ」
と見えてくることもあるかもしれません。
「なんとなく違う」を、答えではなく手がかりにする
「なんとなく違う」
という感覚だけで、その名前が良いとも悪いとも決められません。
でも、その感覚を無理に消してしまう必要もないと思います。
違和感を答えにするのではなく、考えるための手がかりにしてみる。
なぜ気になるんだろう。
何を大切にしたかったんだろう。
一度そこまで戻ってみる。
それでもやっぱり気になるのか。
それとも、
「考えてみたら、自分たちには大丈夫だった」
と思えるのか。
そのどちらになっても、最初より少しだけ、自分たちが名前についてどう感じているのかが見えてくるのではないでしょうか。


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